追悼 野村 克也 さん
2月11日、野球の野村克也さんが亡くなりました。金田正一さんの葬儀映像の野村さんを見て、年を取られたなあと思っていたところでした。実際にお目にかかったことはありませんが、本を何冊か読ませてもらって、非常に勉強させていただきました。京都府峰山町という田舎出身。南海入団時、無名の選手がこんなにも大きな大きな野球人になると、誰が予想したでしょう。選手としても指導者としても、今の日本の野球があるのは野村さんの功績が大いにあると思います。
指導の面においては、ちゃんと野球の全てがわかっている人という印象があります。何のスポーツにも当てはまりますが、今までは、自分の選手としての経験則だけで指導している方が多かったと思います。しかし野村さんは、野球というものはどういうスポーツで、どのように構成されていて、どのように練習すればどうなるかということを理解していた人だろうと思います。なので、野村さんの言うとおりに練習すれば、結果はだいたいついてくる。そして、昔あった無茶な精神論とは無縁の指導となっていくのです。指導者が無茶な精神論を言う時は、他に指導法や練習方法が思いつかないことが多いのです。そう考えると、日本のスポーツの指導を理論的な方向に導いた方だと思います。
今年は東京2020の年です。しかし、スポーツ指導の現場では信じがたい事がいまだに起こっています。無知な指導者が権力を振りかざして、多くのプレイヤーが傷付いています。この現状を非常に心苦しく思います。指導者が正しい知識と見識を持っていれば、スポーツ関連の暴力事件やセクハラ事件はかなり減少すると思います。
これも野村さんの話ですが、野村さんが伊藤 智仁 投手に謝る企画というのをテレビで見ました。伊藤 智仁 投手は野村さんがヤクルト監督時代の投手です。三菱自動車京都から新人で入って来て、もの凄いスライダーとストレートで強烈なデビューを果たしました。(YOUTUBEで見れます。僕は日本人投手のスライダーでは歴代一番曲がると思っています。)
しかし、チーム事情が苦しかったヤクルトは、新人の伊藤投手を使い過ぎてしまいます。結局、肘や肩を壊してしまい、その後は思うような活躍ができないで選手生命を終えてしまいます。もし、怪我無く活躍していたならば、野茂 英雄さん、田中 将大さんクラスの選手だっただろうと思います。過ちを犯したときは、頭を下げるのは当然ですが、指導者はなかなかできないものです。
野村克也さん、ありがとうございました。
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